会報「商工とやま」平成24年10月号  【 特 集 】

特集1
平成24年度創業100年企業顕彰 その2

富山藩の誕生とともに、誠実さを第一に歩み続けて

株式会社佐伯治一郎商店


 私たちの暮らしのあらゆるところで使われ、無くてはならないものの一つが塗料です。今回は、塗料や塗装用機器、塗装設備の販売、また塗料の調色などを手掛ける株式会社佐伯治一郎商店代表取締役の佐伯吉輝さんに、同社の歴史についてお話を伺いました。


富山藩の歴史とともに


 佐伯治一郎商店としては明治44年の創業ですが、実は現社長の佐伯吉輝さんで15代目です。江戸時代から続く漆や塗料などを扱う卸問屋として370年以上の歴史を誇り、当主は代々、治一郎の名前を襲名してきました。  「先祖は元は大分の出身で大阪にいたとのことですが、北前船の関係でご縁があり、寛永16年(1639年)に富山藩ができるときに富山へ来たそうです。以来、回船問屋として富山藩に出入りさせていただき、明治4年に廃藩置県になるまで、漆や米などさまざまな物品を代々納めていたと聞いています」


13代目治一郎さんが再興


 明治4年の廃藩置県後、佐伯家では、宇奈月に金鉱があるとのことで11代目の治一郎さんが鉱山経営に乗り出します。しかし、実際に出たのはアンチモン(レアメタルの一種)で金は出ず、経営に失敗。大きな借金を背負ってしまいました。心労のあまり、11代目治一郎さんとその妻は早くに亡くなります。

 「さらに、12代目の長男、次男が日清、日露戦争で相次いで戦死し、商売を続けることが難しくなりました。そこで、末っ子で、私たちの祖父にあたる作之助(三男)が、昔からお付き合いのあった大阪の漆問屋の斎藤さんという、日本で一番古い塗料の会社に身元引受人になっていただき、家の再興を後押ししていただいたと聞いています」

 13代目治一郎を襲名した作之助さんが明治44年に再興したのが佐伯治一郎商店で、これが同社の今日への礎となりました。

 「作之助には子供がおらず、親戚から養女をもらいました。その養女と結婚したのが、14代目になる私の義父の二郎で、84歳の今も元気にしております。

 義父が養子に入ったのが、昭和30年で、元々は富山市の水道局に勤めていました。漆に加えてペンキなどの塗料を扱い、塗師や木工関係、ペンキ屋さんのほか、不二越、北陸電力、北陸電気工業さんなどとお取り引きさせていただいていたと聞いています。当時は、まだ、のんびりしていた時代で、今では信じられないことですが、配達には自転車を使っていたそうです」

 同社の店舗は、当初は現在の堤町の北陸銀行本店のそばにあり、その後、上本町へ移転。平成4年には、富山市中心部から現在の場所に移転新築しました。


ホテルマンから塗料会社経営へ


 現社長の吉輝さんは、射水出身で、東京の大学を卒業後は都内の出版社に勤務。その後帰郷し、名鉄トヤマホテルに勤め、ホテルマンとしてサービスとは何かを学びました。

 「お客さまをもてなすということはお客さまのお気持ちを理解することが大事で、本当に難しいものです。それは、5年や10年で簡単に身につくものではありませんね。ホテルでは色々な部署を経験したのですが、サービスというのは奥が深いものだということを実感しました」

 昭和59年、29歳のときに、現在は同社取締役で妻の雅子さんと結婚、婿入りしました。ホテルマン時代とは全く異なった分野である塗料業の15代目後継者として、新たな日々が始まりました。現在も自ら営業に出掛けているという佐伯社長。

 「お客さまに、いい塗料を紹介してもらって良かったと言っていただけるときがうれしいものです」と話します。ホテルマン時代に培ったやわらかな物腰や相手の気持ちや要望を深く的確に理解するもてなしの心は、現在の仕事にも大いに生かされているのではないでしょうか。


あらゆるものに塗料は使われている


 主に漆を使っていた日本人が初めて塗料を使用したのは、アメリカからペリーが来日し、日米和親条約交渉を行う建物に塗られたときと言われています。その後、明治の文明開化とともに広く使われるようになり、明治中期から大正初期にかけて塗料メーカーが次々と設立されました。また、昭和初期には、合成樹脂を利用した塗料が開発され、日本の工業化学の進化とともに、様々な機能を持つ塗料が使われるようになっています。

 鉄やコンクリート、モルタル、プラスチック、木材などの素材は、そのままの状態では水や熱、光、塩分などによって錆びたり脆くなってしまいます。塗料を塗ることで、保護することができ、定期的に塗り替えることで素材を長持ちさせることができるのです。

 普段はあまり意識することはありませんが、日常生活のなかで使用するあらゆるものには、ほぼ塗装が施されています。「ドアやアルミの額縁、壁、テーブル、車など、自然界の色以外は、色が塗ってあると思っていいほど」と佐伯社長は語ります。


機能性を持った塗料の進化


 富山県内では、アルミ、工作機械、電力など多様な産業が発展していますが、それぞれの商品や工場の建物に合わせた塗料が使われていて、同社では県内外の大手メーカーをはじめ、各社に合わせた塗料や塗装用機器の提案を行っています。

 「どんな塗料を選定し、どのように塗ったらいいか。我々の仕事は、すべての対象素材を的確に見る能力が求められます。塗料にも20年、30年と耐久性の長いものから、1年、2年と短いものまで、実に幅広いグレードがあるんです。

 塗料は洋服を着るように何層にも重ねていくものですから、素材に応じた手順も理解していないときれいな仕上がりにはなりません。取引先によって対象となる素材も設備も工程も実に様々です。使用目的やお客さまの要望をよく理解した上で、最適な塗料や機器をご提案していくことが大事なんですね」

 素材の保護やデザイン性のほかに、最近、節電のためによく使われるようになったのが遮熱塗料です。工場や住宅の屋根・外壁などに使われていますが、熱を伝えにくくする機能で省エネ効果があります。

 そのほかにも耐火機能をもった塗料、飛行機など衝撃に強い塗料、汚れが雨で自然に流れる塗料、波の抵抗を少なくして船の燃費を良くする塗料などが用途に応じて使われているそうです。

 「室内の電気スイッチのカバー一つにも塗装が施されています。そのほか、トイレの壁に塗ると、アンモニアなどの匂いを分解・吸着してくれる塗料や湿気を下げる塗料など、身近なところで役に立っている塗料は数多くあります。当社では日本のメーカー以外にも、海外のメーカーの優れた商品を独自に選び、お客さまにご提案しています」


誠実さとお互いの信頼を大切に


 義父の二郎さんは10年前に引退しましたが、佐伯社長はお客さまへの誠実さを第一に、人に喜ばれる仕事を目指すという社風を義父から教わり、現在まで大事に受け継いできました。

 「人の能力というものは 大きな違いがあるわけではありませんから、お客さまに誠実であること、そして社内でも相手への敬意を忘れず、お互いに仲良くすることが大事だと思っています。

 実は富山藩から頂戴した家宝の書状の掛け軸があります。代々商いを続けてきて、8代目の時に『佐伯の店は兄弟、家族、店の者が仲良く誠実に働いていることに対して、麗しく祝着である』との感状を頂いたのです。周囲へ余程の良い印象を与えたのか、人づてに大目付、富山藩の知るところとなったようですが、一介の市井の町人が藩からお褒めにあずかるとは夢にも思わなかったことでしょう。余程の栄誉に思ったのか、8代目は奨めもあってその節に肖像画を残し、正月には床の間に飾っていたと聞いています。

 私自身もこの書状を見たとき、富山藩には心を大切にされる方々がいらっしゃったのだなと改めて感じ入りました。また、篤実で心優しき温かな先祖がいて、このような歴史があったことを婿入りした年の正月に知り、本当に感動しました。

 大切なことは今の時代も何も変わらないと思います。これを手本として、どんな時も互いに理解しようと努め、学び合い、励まし合うことを心がけていきたいと思います」


若い人材を未来への力に


 不況の中にあっても、同社は業績を伸ばし、今後は若い人材を採用、育成して、将来的にさらに事業を進展していきたいと考えていると言います。

 「多彩な分野で塗料は必要とされますから、やり方次第で非常に将来性のある面白い分野です。現在社員は14名。20代から40代までバランスよくおりますが、より、お客さまから安心して、責任ある仕事をまかせていただける企業になれるよう、いい人材を育てていけたらと考えています」

 息子の浩一さんはアメリカの塗料メーカーに勤め、現在は大阪で16代目後継者として修行中。長年の伝統のなかで培われてきた信頼と誠実さを礎に、同社はさらなる飛躍を目指して、あらたな時代を切り拓いていこうとしています。



●株式会社佐伯治一郎商店
富山市一本木45-1
TEL:076-451-2002
FAX:076-451-8858



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