富山市で113年にわたり菓子業を営む有限会社月世界本舗。富山を代表する銘菓「月世界」を長年にわたって製造販売し、県内外に広く知られています。今回は、社長の吉田栄一さんに、同社の歴史と北陸新幹線開業に向けた、新たな取り組みについてお話を伺いました。
明治33年に創業
有限会社月世界本舗は、明治33年に吉田栄吉商店として富山市内で創業。吉田栄吉さんは現社長の吉田栄一さんの祖父にあたります。創業から2、3年程で現在の店舗のある上本町(当時の西三番町)に移転し、以来、富山の銘菓として知られる「月世界」などを製造・販売してきました。
「祖父の栄吉は小矢部市の農家の生まれでした。金沢の菓子店で修行を積んだ後、富山市で独立開業したのです。創業当初はいろいろな菓子をつくっていましたが、本人の夢は、種類は少なくても、ずっと長く残っていくお菓子を作ることでした。そして、できたのが月世界。ここに店を構えてから間もない頃だと思いますね」
現在は同社の代名詞となっている月世界。初代の栄吉さんが、お菓子作りのため早朝に起きた際に、明け方の空に残る月の美しさを見て、その感動をお菓子にしたいという夢を実現させたものでした。月世界はその後、各地の品評会などで、さまざまな賞を受賞しています。
栄吉さんの家訓とは
また、初代の栄吉さんは、菓子業を営んでいくにあたり、厳しい家訓を家族に守らせていました。
「まず、政治に関与しないこと。さまざまなお客様がいらっしゃいますから、一党一派に偏らないということです。次に、博打、賭け事をしないこと。花札やトランプもだめで、スゴロクでサイコロを使うことさえ禁止でした。そして、芸事もだめ。それは商売がおろそかになってしまうからですね。祖父の修業先の店の若旦那が、芸事に入れあげてしまったことを教訓にしたものでした」
いまでもその家訓は受け継がれており、やはり、長く商売を続けるための極意なのかもしれません。
シンプルだからこそ難しい
銘菓月世界を口に入れると、歯ごたえがありながら、口の中ですっと解ける不思議さ。口当たりの良さと上品な甘さ、味わいがあります。
全国的にも珍しい個性豊かなお菓子ですが、日本茶だけでなく、コーヒーにもよく合い、店内の喫茶コーナーでは、美味しいコーヒーとともに味わうことができます。
「製法はものすごく簡単なんですよ。砂糖のなかでも精製度の高い白双糖と和三盆を使い、それらと寒天で蜜を作っておきます。そこに新鮮な卵の卵白、黄身を別々に泡立てたものをミックスして型に流します。冷えたところで商品の大きさに切り分け、一昼夜乾燥させてでき上がりです。
ある有名な菓子メーカーの社長に、『いろんなお菓子を作ってみたけれども、月世界だけはうまくいかなかった』と言われたことがありました。シンプルだからこそ、難しいのかもしれません。季節によって少し配合も変えなくてはいけませんからね」
商品の数を減らし、月世界一本の販売になったのは戦後になってからとのことですが、戦中・戦後は砂糖が統制され、一時、菓子が製造できない時期もあったとのことです。
富山大空襲のときには小学生で、藤木に疎開していたと語る吉田社長。店はもちろん、西町周辺など富山の中心市街地は、大和を残して焼け野原になりましたが、二代目で招集されていた父の栄一郎さんが無事家に還り、戦後、店の再建に取り組みました。
昭和29年には法人化されるなど、街の復興とともに店も発展を遂げていきました。
三代目社長に
昭和58年に三代目社長となった栄一さんですが、30代の頃は、富山商工会議所青年部の三代目の会長を務め、さらにその後は、富山県菓子工業組合の理事長を務めるなど、菓子業界や地域の発展のために尽力してきました。
また、同じく昭和58年には置県100年を記念して、「まいどはや」を発売。現在はゆずとごま風味の2種類を販売しており月世界とともに人気を得ています。
そしていま、吉田社長は北陸新幹線の開業を前に、さらなる富山のPRに努めていきたいと考えています。
「新甘撰」で富山をアピール
平成27年春の北陸新幹線開業を前に、同社では落雁のお菓子を開発しました。その名も「新甘撰(しんかんせん)」。
北陸新幹線の富山開業のキャッチフレーズ・ロゴ「きてきて富山 きときと富山」、そして、チューリップ、桜、梅、雪の結晶などとともに、月世界を象徴する月とウサギがモチーフとなっています。和三盆を使った、なめらかな口どけで、とても上品なお菓子です。
吉田社長は、新商品について次のように語ります。
「東京でアンケートを取ると、富山に新幹線が来ることを知っている人は半分もいない現状があります。開業まであと2年足らず。何かしなくてはいけないと、作ったお菓子です。商品も含め、さまざまなかたちで富山をPRしたいですし、いろいろな形で使っていただけるとうれしいですね」
一方、同社の月世界は、県のお土産品ブラッシュアップ事業の商品に選ばれ、小さなパッケージを新開発。こちらの販売も好調です。
観光の誘客ばかりでなく、来ていただくからには地元で買える富山ならではのお土産の開発が重要だと語る吉田社長。特に30代から40代の女性をターゲットにしたお土産品開発の必要性を訴えています。
業界全体で協力し盛り上げる
吉田社長が座右の銘としているのは「至誠通天」という言葉です。
「誠を尽くせば、願いは天に通じるということですが、まっすぐ、まじめに商売をやっていけば、やがて多くの方に分かっていただけると考えています。
これは、菓子組合の理事長などをやらせていただいたから分かることですが、自分のところだけが儲かるのではなく、業界全体が発展することが何より大切です。それがやがて、自分自身にも返ってくるのです。
北陸新幹線開業に向けても、皆で助け合い、いっしょに富山を盛り上げていきたいですね」
新しい富山駅の建設も進む中、どんなお土産コーナーが設けられるのかが楽しみです。
また、西町の旧大和跡地には再開発ビルが建設され、平成27年度に完成する予定です。ビルには富山市のガラス美術館や図書館などが整備される予定で、西町周辺へのあたらしい人の流れにも期待が高まります。
富山をアピールするために、さまざまな知恵と工夫が求められている今、吉田社長は、皆が協力し合い、魅力ある土産品開発を進め、ともに富山をPRする重要性を語って下さいました。
有限会社 月世界本舗
富山県富山市上本町8-6
TEL:076-421-2398
●主な歴史
明治33年 初代吉田栄吉さんが吉田栄吉商店を富山市で創業。
昭和29年 法人化、有限会社月世界本舗に。
昭和58年 三代目吉田栄一さんが事業を継承。