「商工とやま」平成18年4月号
特別寄稿
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日本政策投資銀行 富山事務所 所 長 藤 田 寛 氏
■地域づくり健康診断の目的 本稿では、今回の診断内容をかいつまんでご紹介するが、紙数の関係でごく一部の紹介に止まることをご容赦いただきたい。もとより、地域づくりの主体はあくまで地域の住民の方々であり、この「地域づくり健康診断」は、具体的な方策を考えていくための材料、あるいはきっかけを提供することを目的としている。 なお、今回の診断では、2000年国勢調査をはじめ、平成合併以前のデータを使用しているため、市町村名が合併前のものとなっている部分があることを予めお断りしておきたい。 ■診断対象地域は「富山都市圏」 われわれは診断に当たって「都市圏」――地域に暮らす人たちの日常的な生活行動の範囲――という考え方をとっている。地域の中心都市の住民の日常生活はその市の行政区域内で完結することも多いが、周辺にあるベッドタウン市町村の住民の生活は、中心都市による機能補完を受けて成り立っている。ベッドタウンと中心都市の間で転居しても、同じ都市の機能を享受していることに変わりはない。地域の本当の実力は、都市圏単位でこそ的確に測ることができる、と考えるからである。 ここでの都市圏は、「中心市の10%通勤通学圏」、すなわちある市町村に住む15歳以上の就業者(自営を含む)と通学者のうち10%以上が中心市に通っていれば、その市町村は当該中心市の都市圏となる(国勢調査による)、というものである。 この定義によれば、2000年国勢調査時点での富山都市圏とは、新・富山市全域に加え、県西部は新・射水市全域、東部は立山町、上市町、舟橋村、そして滑川市も含まれる。合併前で16市町村、人口約60万人である。 以下、この都市圏について各種データを紹介するが、全国の人口5万人以上の256都市圏との比較を多用し、富山都市圏の現実のポジションを明確にしていきたい。 ■人口の社会減 まずは基本である人口の状況から見ていく。図1を見ていただきたい。富山都市圏の5年間ごとの人口増減を見ると、1995年から2000年までは自然増かつ社会増であったが、その後に社会減に転じたことが分かる。今後の予測では、2005年頃をピークに都市圏人口は減少していくが、それほど急激とは言えない。都市圏に真に重大な影響を与えるのは、年齢別人口構成の劇的な変化である。 ■若者が減少、高齢者が激増 2000年の実数と2020年の予測値とを比較すると、この20年間で、15〜34歳(いわゆる「若者」)が46千人(30%)減少するのに対し、70歳以上の「高齢者」は実に1・58倍に(47千人)増加するのである(通常は65歳以上を高齢者と定義するが、70歳以上の方が現実に合致すると考えられる)。そして20〜59歳の働いて稼ぐ世代(これも通常の「生産年齢人口」(15〜64歳)とは異なるが、実態を重視している)が49千人(15%)減少する。この結果、2020年には都市圏人口に占める70歳以上の人口の割合は21・8%にまで上昇する。つまり、今から14年後の富山都市圏は、5人に1人以上が70歳以上になるのだ(2000年は13・4%)。 この激変の原因は、一にかかっていわゆる「団塊の世代」の高齢化である。富山都市圏は人口に占める団塊の世代の割合が高いため(富山の新産業都市としての成功と、この世代が社会に出た時期とが重なったことが一つの要因と考えられる)、この影響が強く出やすい。 続いて、図2、図3を見ていただきたい。この2つの図の縦軸は2020年の70歳以上人口の比率、言い換えれば高齢化の水準を、横軸は2000年から2020年までの20年間に70歳以上の人口が何倍に増加するか、言い換えれば高齢化の速度を、それぞれ表している。 図2は全国の都市圏の中での富山都市圏の位置を示しており、全国平均より高齢化の速度は若干低い(それでも約1・6倍!)が、水準は平均並みということになる。しかし、最も注目すべきは、東京、大阪、名古屋、福岡、神戸、札幌といった大都市圏が、右半分に集まっていることである。こうした地域には団塊の世代が集中しているため(それは富山の比ではない)、すさまじいスピードで高齢化が進行する。永遠に繁栄を謳歌するかに見える東京の14年後の姿は、富山と同じく5人に1人が70歳以上の巨大都市なのだ。 図3は、富山都市圏内の市町村(合併前)の2020年の状況を示す。旧の細入村や山田村は現時点で既に高齢化が進行しているために、水準は高いものの高齢者がむしろ減少するのに対し、旧の小杉町、大島町、舟橋村といったところの高齢化速度の極端な高さが目を引き、極めて深刻な問題を提起している。 ■商業はオーバーストアの状況 続いて、地域の商業の状況である。 富山都市圏の特徴の一つは、所得水準の高さと商業販売額の多さである。富山都市圏の一人当たり課税対象所得は全国平均を若干上回る。東京や名古屋といった極端に高い地域が全国平均を引き上げていることを考慮するならば、地方の中では富山は非常に豊かな土地と言ってよい。小売商業販売額も比例して多くなっている。 それでは富山都市圏商業の何が問題なのだろうか。図4を見ていただきたい。この図の縦軸は小売商業坪効率(売場面積当たりの売上)、横軸は人口一人当たりの小売売場面積を示している。図全体の分布が右下がりになっており、右下に行けば行くほどいわゆる「オーバーストア」――要するに、お店が多すぎ、商業全体として儲からない状態になっているのである。そしてわが富山都市圏は全体の中でもかなり右にいる。 ■販売額は減少なのに売場面積は増 図5はさらに興味深い事実を教えてくれる。縦軸は1999年から2002年にかけての小売販売額の増減率を、横軸は同じ期間の小売店舗面積増減率を示す。富山都市圏は売場面積が10%以上増えているのに、販売額が減っている。しかも、この間の2000年には超大型ショッピングセンターが旧・婦中町にオープンしているのだ。富山都市圏の豊かな人たちはいったいどこで買い物をしているのだろうか。金沢都市圏、さらには東京圏への相当の購買力流出が想像されよう。 また、自家用車普及率と一人当たり大型店売場面積の間には正の相関が成り立つと言われ、周知の通り「日本一のクルマ社会」である富山都市圏はやはりいずれも高水準である。実は金沢都市圏の一人当たり大型店売場面積は富山を上回っており、市中心部が繁栄しているように見える金沢でもじわじわと郊外化が進んでいることが窺われる。 ■富山市は市街地が拡散 富山都市圏の顔である富山市中心部の状況はどうなっているだろうか。夜間人口に焦点を当てて見てみる。 富山駅をほぼ中心に置いた10q四方の正方形を作り、これを構成する1q四方の正方形(メッシュ)内での1995年から2000年にかけての夜間人口増減数をとると(図6参照)、駅南3qまでの中心部で人口が大幅に減っていることが見て取れる。一方で、北陸自動車道周辺や駅北東部に相当の人口増加が認められ、総じて中心部から周辺部に人口が移動、拡散している実態が浮き彫りになる。 この現象は過去20年以上にわたって継続してきたものと考えられる。これは、富山県が誇る「家の広さ日本一」「持ち家率日本一」と裏腹の関係にあると考えるのが妥当であり、その帰結として富山市は、県庁所在都市の中で中心部のDID(人口集中地区)人口密度が最低のまちになってしまい、また「日本一のクルマ社会」となったである。 ■厳しい富山市の財政状況 以上のような状態の富山都市圏を、今後支えて行かねばならない富山市の財政はどうなっているのだろうか。 旧・富山市の2003年度決算を見ると、市の自前の税収で、公債関係費(借金返済と金利)、市単独の建設事業費、そして職員人件費までを賄えており、全国的な水準から見ればかなりよい状態と考えられる。とは言え、それ以外の一般行政サービスは地方交付税や補助金、そして新たな借金に依存しており、この結果として将来の負担額(借金と債務負担行為の残高)は全国平均を2割程度上回っている。毎年のフローはまずまずながら、ストックに問題を抱える現状、と言ってよかろう。 しかし、間近に迫る人口構成の激変=働いて税金を払う人の減少と高齢者の激増は、税収減と老人福祉費急増をもたらす(少子化で児童福祉費や教育費は減るが)。さらに今後、国の地方交付税特別会計の借入返済の地方負担分が加わる(試算ながら、毎年20億円程度になる可能性がある)ことも考えれば、決して余裕のある状態ではない。 ■大量の定年退職と人材不足 また、市職員の年齢構成が極端に右側の山が高いM字型になっていることも大きな問題である。多くの職員が間もなく定年を迎えるわけで、退職金負担が市財政に重くのしかかってくる。さらに、企業職・消防職・技能労務職といった専門技術を持った職員の大量定年は、市民サービスを担う部局の人手不足を招く。こうした事態への対応も求められる。 ■ISバランスからみた富山 これまで見てきた富山都市圏の状況を、マクロ経済学のツールであるISバランスの考え方を用いて見てみよう。ISバランスとは、マクロ経済学の基本式を変形して得られる次のような式である。 (輸出−輸入)−(貯蓄(I)−投資(S))=税収−財政支出 通常は国について語られるものだが、地域についても同様に考えることができる。式は次の通りとなる。 (移出−移入)−(地域内貯蓄−地域内投資)=地域政府税収−地域政府財政支出 簡単に言えば、地域外にモノを売ったり、観光客(※1)を呼び込んだりして地域外からお金を稼ぎ(域際収支の黒字化ないし好転)、そのお金を貯め込まずに地域内での投資や消費に使う(貯蓄投資差額の赤字化ないし縮小)と、地域の政府の財政状態は好転する、ということである。 ※1 観光客は地域外から持ってきたお金を地域内で使うので、地域にとっては移出となる。地域内のサービスを地域外の人が買うと考えればよい ■お金を稼ぐが消費や投資に回さない 都道府県単位のISバランスは計算されていないが、県民経済計算等を用いて日本政策投資銀行が試算した結果が図7である。時期が若干古い(1997年)が基本的な構造は変わっていない。また、データの制約から富山県全体についてのものとなるが、富山都市圏の県内での地位を考えれば、ほぼ同じ議論があてはまると考えて良いと思われる。 ご覧のとおり、富山県は域際収支が相当な黒字になっている。この域際収支の黒字県は決して多くなく、日本海側有数の工業県・ものづくり県としての実力=所得の高さを示すものである。しかしながら、貯蓄投資差額が大幅な貯蓄超過(=プラス)のため、政府部門の財政収支はマイナスになっている。 要するに、富山県民は、そして富山都市圏住民は、ものづくりでせっせとお金を稼ぐが、それをあまり投資や消費に回さず貯金し、その結果県や市の財政が赤字になっている、というわけである。富山県民の支出水準は他県と比べて決して低くない(住宅やクルマへの支出に支えられていることが考えられる)が、まだまだ不十分なのだ。やはり富山は日本の縮図なのだろう。
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