「商工とやま」平成18年1月号

特集 施行迫る改正高年齢者雇用安定法
〜継続雇用対象者の選定基準には具体性と客観性を〜

 少子高齢化が急速に進展する中で、平成19年(2007年)からいわゆる「団塊の世代」が60歳に到達し始めます。こうした環境下、高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用確保の導入が事業主に段階的に義務づけられました。今回はその概要をまとめてみました。


■知識や経験を活かす

 今後、労働力人口の減少が見込まれる中で、わが国の経済社会の活力を維持するためには、高い就労意欲を有する高年齢者がその知識・経験を活かし社会の支え手として活躍し続けることが重要です。

 そのためには、高年齢者が、少なくとも年金支給開始までは、意欲と能力のある限り働き続けることができる環境を整備する必要があり、そのため、「高年齢者雇用安定法」が改正され、4月1日から施行されます。


■努力義務から実施義務に

 これまでの「高年齢者雇用安定法」では、定年を定める場合は原則60歳以上とすることとし、65歳未満の定年制をとる事業主に対しては、定年の引き上げまたは継続雇用制度の導入等によって65歳までの安定した雇用確保措置を講ずる努力義務のみが定められていました。

 しかし、少子高齢化の進展や年金の支給開始年齢の引き上げ等の状況の中、高年齢者が社会の支え手として活躍できる労働市場の整備が必要であるとの観点から、65歳未満の定年の定めをしている事業主については、(1)定年の定めの廃止、(2)65歳までの定年の引き上げ、(3)継続雇用制度の導入のいずれかの高年齢者雇用確保措置を講ずることが義務付けられました。


■平成25年度までに段階的に

 高年齢者雇用確保措置に関する年齢は、直ちに65歳までとするのではなく、年金(定額部分)の支給開始年齢の引き上げに合わせ、平成25年度(2013年度)までに段階的に引き上げられます。したがって、65歳までの雇用確保措置が義務づけられるのは平成25年4月以降ということになります。


■3つの対応措置

 改正高年齢者雇用安定法(以下改正法と略す)が定めた3つの高年齢者雇用確保措置について詳しく見ます。

(1)定年制の廃止(エイジフリー)
 定年を廃止し全ての労働者が意欲と能力がある限りいつまでも働き続ける制度です。しかしこのような環境を作ることは事業主にとってリスクが大きく、現実的には難しいと言えます。

(2)定年の引き上げ
 従業員の定年を延長する制度で、原則として全従業員が対象になります。日本の企業の多くは入社から定年までを一貫した人事管理で処遇しています。したがって定年の延長はその企業の賃金、人事制度をすべて見直すことにつながる可能性があり、大きな労力を必要とします。また人件費の増加も見込まれます。

(3)継続雇用制度の導入
 現に雇用している高年齢者が希望するときには、その定年後も引き続いて雇用する制度です。必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用の必要はなく、短時間勤務や隔日勤務などを含めた多様な雇用形態が可能です。


■十分な説明と話し合いが必要

 改正法に示された3つの措置のうちどの措置を選択するかは各企業においてその実情を踏まえて決定することになりますが、継続雇用制度の導入が最も現実的であるとの声が多いようです。 継続雇用制度を導入するにあたっては、各企業の実態に即した制度設計と運用が望ましいと考えられますが、いずれにしても導入する制度について労働者の理解が得られるよう十分に説明することや、話し合うことが必要です。


■継続雇用制度

 次に、選択する企業が最も多いと思われる継続雇用制度の導入について詳しく見てみたいと思います。
 継続雇用制度は大別して次の2種類に分けられます。

(i)再雇用制度=定年に達したことによりいったん雇用契約を終了させ、新たに雇用契約を締結する。
(ii)勤務延長制度=定年に達した際、従前の雇用契約を終了させることなく、雇用を継続する。

 改正法では継続雇用制度の対象は希望者全員とすることを原則としています。しかし現実には各企業の事情によって希望者全員の雇用を確保することが難しい場合も考えられます。そこで改正法では、一定の手続きを踏まえたうえで、制度の対象者を選定する基準を設けることも認めています。


■労使協定の締結

 継続雇用制度の対象者選定の基準を設ける場合は労使間の書面による協定を締結することが必要とされています。しかし労使協定(1)に向けての努力をしたにもかかわらず調わなかった場合には、就業規則(2)などに対象者の基準を定めることも認められています。ただし、これは平成18年4月1日から3年間(中小企業は5年間)の経過措置であり、この期間内に労使間で協議の上労使協定を結ばなければなりません。
 継続雇用の基準が決定すれば、再雇用者を対象とした規則である「再雇用規程」などを作成します。

(1)労使協定
 労使協定とは、事業所に労働者の過半数によって組織される労働組合がある場合は労働組合、そうした労働組合がない場合は選挙・投票などによって選出された、労働者の過半数を代表する者と事業主との間で協定を締結するものです。継続雇用制度の対象者の基準を定める場合には、書面による労使協定が必要です。

(2)就業規則
 就業規則とは、労働者の労働時間・休日・賃金等の労働条件、服務規律、退職・解雇に関する事項などを具体的に文書で定めたもので、常時使用する従業員が10人以上いる事業所は法律で作成及び労働基準監督署への届出義務があります。


■選定基準はどう定めるか

 継続雇用制度対象者の選定基準の内容については原則として労使に委ねられますが、高年齢者がその意欲と能力に応じて働くことができるようにするという今回の法改正の趣旨から、労働者の意欲や能力(体力・技能・知識・経験等)について客観的・具体的に設定することが求められます。

 この点について、厚生労働省の通達では、各企業における選定基準制定に際して次の2つの点に留意するよう求めています。

1.具体性
 意欲・能力等をできる限り具体的に測るものであること。労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を有するものであること。

2.客観性
 必要とされる能力等が客観的に示されており、該当可能性を予見することができるものであること。企業や上司等の主観的な選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないように配慮されたものであること。
 なお労使で十分に協議の上定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとするなど改正法の趣旨や他の労働関連法規に反したり、公序良俗に反するものは認められません。
 

■違反した場合は

 今回の改正により、65歳までの雇用確保措置の実施は努力義務から実施義務となったため、この義務に違反する事業主については、罰則の規定はないものの、厚生労働大臣による助言・指導の対象になります。また、この助言・指導を受けたにもかかわらず、雇用確保措置をとらない事業主に対しては、厚生労働大臣は雇用確保措置をとるべき旨の勧告を行うことがあります。

Q1 継続雇用制度を導入していなければ、4月1日以降の60歳定年による退職は無効になるのですか?
 改正法においては、継続雇用制度などの制度導入を義務付けているものであり、個別の労働者の雇用義務を課すものではありません。したがって継続雇用制度を導入していない60歳定年制の企業において、4月1日以降に定年を理由として退職させたとしても、それが直ちに無効となるものではないと考えられますが、適切な継続雇用制度の導入等がなされていない事実を把握した場合には、改正法違反となりますので、公共職業安定所を通じて実態を調査し、必要に応じて、助言・指導・勧告が行われることになります。


Q2 継続雇用制度について、定年退職者を継続雇用するにあたり、いわゆる嘱託やパートなど、従来の労働条件を変更する形で雇用することは可能ですか。その場合、1年ごとに雇用契約を更新する形態でもいいのでしょうか?
 継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという改正法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇に関して、事業主と労働者の間で決めることができます。
 1年ごとに雇用契約を更新する形態については、改正法の趣旨にかんがみれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当でないと考えられます。したがってこの場合は、

(1)65歳(男性の年金支給開始年齢に合わせ男女とも同一の年齢)を下回る上限年齢が設定されていないこと。
(2)65歳(男性の年金支給開始年齢に合わせ男女とも同一の年齢)までは原則として契約が更新されること(ただし、能力など年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められます)。

が必要であると考えられますが、個別の事例に応じて具体的に判断されることになります。


Q3 継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で決めた場合は、労働基準監督署に届け出る必要はあるのですか?
 常時10人以上の労働者を使用する使用者が継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には、就業規則の絶対的必要事項である「退職に関する事項」に該当することとなります。
 このため、労働基準法第89条に定めるところにより、労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め、就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届ける必要があります。

(就業規則への記載例)
第○条 従業員の定年は満60歳とし、60歳に達した年度の末日をもって退職とする。ただし、高年齢者雇用安定法第9条第2項に基づく労使協定の定めるところにより、次の各号に掲げる基準のいずれにも該当するものについては、65歳まで再雇用する。
(1)引き続き勤務することを希望していること
(2)無断欠勤がないこと
(3)過去○年間の平均考課が○以上であること


Q4 労使協定等で定める基準とはどのようなものですか?
 労使協定で定める基準の策定に当たっては、労働組合等と十分に協議の上、各企業の実情に応じて定められることを想定しており、その内容については、原則として労使に委ねられるものです。ただし、労使で十分に協議の上定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとするなど本改正の趣旨や、他の労働関連法規に反するもの又は公序良俗に反するものは認められません。

〈適切ではないと考えられる例〉
「会社が必要と認める者に限る」「上司の推薦がある者に限る」:基準がないことと等しく、これのみでは本改正の趣旨に反するおそれがある。
「男性(女性)に限る」:男女差別に該当。
「組合活動に従事していないもの」:不当労働行為に該当。

〈対象者選定の基準事例〉
 以下は厚生労働省のパンフレット「継続雇用制度の対象者に係る基準事例集」から引用したものです。これはあくまで具体例であり、同省が指針として示しているものではありません。この事例を参考にして、労使で十分協議の上、各企業の実情に応じた基準の策定が必要です。

(1)「働く意思・意欲」に関する基準の例
 ・引き続き勤務することを希望している者
 ・定年退職後も会社で勤務する意欲がある者
 ・本人が再雇用を希望する意思を有する者
 ・再雇用を希望し、意欲のある者
 ・勤労意欲に富み、引き続き勤務を希望する者
 ・定年退職○年前の時点で、本人に再雇用の希望を確認し、気力について適当と認められる者

(2)「勤務態度」に関する基準の例
 ・過去○年間の出勤率が○%以上の者
 ・懲戒処分該当者でないこと
 ・人事考課、昇給査定で著しく評価が悪くないこと
 ・無断欠勤がないこと

(3)「健康」に関する基準の例
 ・直近の健康診断の結果、業務遂行に問題が無いこと
 ・直近○か年間の定期健康診断結果を産業医が判断し、就業上、支障が無いこと
 ・60歳以降に従事する業務を遂行する上で支障がないと判断されること
 ・体力的に勤務継続可能である者
 ・勤務に支障が無い健康状態にある者

(4)「能力・経験」に関する基準の例
 ・過去○年の賞与考課が管理職○以上、一般職○以上であること
 ・過去○年間の平均考課が○以上であること
 ・人事考課の平均が○以上であること
 ・工事・保守の遂行技術を保守していること
 ・職能資格が○級以上、職務レベル○以上
 ・社内検定○級以上を取得していること
 ・建設業務に関する資格を保持していること
 ・技能系は○級、事務系は実務職○級相当の能力を有すること
 ・定年時管理職であった者、又は社内資格等級○以上の者
 ・企業に設置義務のある資格又は営業人脈、製造技術、法知識等の専門知識を有していること

(5)「技能伝承等その他」に関する基準の例
 ・指導教育の技能を有する者
 ・定年退職後直ちに業務に従事できる者
 ・自宅もしくは自己の用意する住居により通勤可能な者
 ・勤続○年以上の者


 本件に関しては対応を間違えると訴訟や労使トラブルに発展することも考えられます。慎重な対応をお勧めします。なお、当所では改正法に関するご相談をお受けしています。どうぞご利用ください。

 富山商工会議所中小企業相談所 TEL 076-423-1171
 「65歳までの継続雇用義務化への対応のための雇用管理セミナー」が開催されます。詳細は28ページをご覧ください。

(本特集は労働調査会「高年齢者雇用実践ガイド」、厚生労働省のホームページなどを参考にしました)

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