「商工とやま」平成19年12月号
特別寄稿 〜スイス・バーゼル交流訪問調査団報告〜
「ビジネスチャンスを求め、スイス・バーゼルを訪問」
富山県薬業連合会がジェトロの協力を受け企画し、富山の製薬会社9社と富山県、富山大学などが参加して10月21日から28日迄行われたスイス・バーゼル交流訪問調査団に参加しましたのでその概要を報告します。
富山商工会議所 中小企業支援部情報課 課長代理 鶴 木 宏 安
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■1.スイスとバーゼルについて
スイスはイタリアの北、北緯45度から48度というから、北海道の宗谷岬と樺太の間位にあたり、相当の北国である。イタリア、ドイツ、フランスなど5つの国に囲まれていて海には面していない。面積は4万平方キロと言えば九州よりやや広い位でうち4分の1はアルプスの山岳地帯や湖で、残りに756万人余りが住む。チューリッヒが最大の都市で、バーゼルは3番目、首都のベルンは4番目と影が薄い。
永世中立国であったため、2度の大戦の戦禍を被ることなく、中世そのままの建物がそこかしこに残っている。
さて、今回訪問したバーゼルという都市、スイスの北部にあり、フランス、ドイツと接している。実は、スイス語というものはなく、地方によってドイツ語、フランス語、イタリア語などが公用語となっているが、バーゼルはドイツ語圏であり、地名はドイツ語ぽいし、市のホームページもドイツ語がデフォルトである。ただし、同じ国の中で公用語が複数あるのも困るので、英語はどこでも通じるように教育しているらしい。ライン川が町の中心を流れており、古くから交易都市として栄えた。ジュネーブ、ダボスなどスイスの都市には、国際機関の本部があったり、国際会議の舞台となっているところが多いが、ご多分にもれずバーゼルも古くは第1回のシオニスト会議が開かれたり、有害廃棄物に関するバーゼル条約が結ばれたりしている。また、来年のサッカー欧州カップの開幕戦の会場になったり、テニスのインドア大会が開かれていたりと、スポーツも盛んである。
■2.交流訪問団について
(1)目的と製薬業界の課題
さて、この都市のすごいところは売上高で見た製薬会社の世界十傑の中の2社の本社があるということだ。自動車産業のデトロイトと同じくらいにすごいことだと思う。
何故スイスで製薬業が盛んになったかと言えば、山岳国のため、山を切り拓く火薬が必要であり、その調合等の技術がもととなった(錬金術みたいなものか)などの諸説がありはっきりはしない。
そもそも製薬とは、自然界あるいは化学反応によって「薬のタネ」を見つけ、その分量用法などを工夫し、人間の体に良い薬、あるいは悪いものを攻撃してくれる薬に仕立てることを繰り返してきた。ところが近年、そうしたタネは大方出尽くしてしまい、新薬の開発にかかるコストは莫大なものとなり、また生産ベースにまで乗るアイディアは、1万件に1件と言われるくらい成功確率は低いと言う。このため製薬業界は否応なく国という枠にとらわれず、世界を相手として生き残りを賭けた開発競争に参加せざるを得ず、その結果、企業の買収・合併・提携などが盛んに行われている。日本の大手企業の中でも、この数年で何社かが外資の傘下に入ったり、合弁会社を立ち上げたり合従連衡の動きが盛んである。
そんなスイス・バーゼルに新たなビジネスチャンスを求める富山の製薬業界は、昨年初めて訪問団を派遣した。今回は2回目で、ジェトロの協力も得られたこともあり、交流の本格化が期待される。今回富山商工会議所として初めて参加したのは、地域経済団体として、民間主導の企業交流に協力し、これを促進するため何をなすべきかを探ることが目的であった。
(2)知価社会
大学の付属研究機関を訪問した際、その研究設備の古さと簡素さに驚きの声が上がった。30年は経っていそうなどこにでもある機械で、最新設備を揃えたがる日本の研究所とはえらい違いだそうである。しかし成果は着実に上がっている。それはひとつにはコンピュータの性能が上がり、実験をほぼ完璧にシミュレートできる(コンピュータに条件をあたえてやることにより、攪拌などを行った場合の結果が計算できる)こと。もうひとつは、大切なのはアイディアであって、計測機械などではないということである。無限に近い組み合わせの中から、どの物質を選び、どんな効果を狙うのか、そうしたある意味「科学者としてのカン」が大事だという。機械という資本から、感性・知識といった無形のものに価値は確実に移転している。堺屋太一氏言うところの「知価革命」が進行している分野のあることが実感出来て喜ばしい限りであった。
では、こうしたアイディアはどうやって生まれるのか? この研究所では、コーヒーブレイクでの研究者同士の情報交換を大きな要因の一つと捉えていた。部屋の構造自体が開放的で他人が何をやっているのか分かりやすいのに加えて、コーヒーカップを手に全員が集まり、それぞれの研究についての進行具合などを言い合うことで、全員が何をしているのかを把握することが出来、刺激を受け、自分の研究に使えるアイデァに変換していく。伊丹敬之氏が推奨しておられる「場」に近いものが自然発生的に形成されている。もしその組織のボスが仕組んだのだとしたら相当である。
ある会社を訪問した際、玄関ホールで従業員がドイツリートを披露してくれた。そして「これが私たちの文化」であるとの解説が付いた。また、その会社内を案内してもらった際、たとえば、やどり木の成分を抽出することからかその会社は始まったそうで、宿り木を前にして「自然のあり方に倣えば、人間の体も良くなる。これが我々の「哲学」である」と熱弁が奮われた。「文化」はともかく、「哲学」は日本企業で余り耳にすることはない。これが我々の「哲学」であると言えるのは、理念による経営であり、トップが口を酸っぱくして語りかけているものと思われる。
(3)今後の展開について
バーゼル地区の特徴は前述の通り、世界有数の製薬メーカーがある一方でそこからスピンオフしたり、大学の研究者などが興したりしたいわゆるベンチャー企業、とくにバイオ関係のベンチャーが多い点にある。彼らは「バイオバレー」という「産業クラスター」を形成している。これは、一昔前あった「産業集積」と似た概念だが、「集積」がどちらかと言えば、効率性を指向したものであったのに対して、「クラスター」は製品の価値創造工程、開発―試作―評価―量産―販売、それぞれに特化するいわば、水平分業が特徴である。また、従来と異なり、「知識」が重要な経営資源となり、スピンアウトが容易であり、起業率が高いのも見習うべき点である。
今後、交流を続けていくのであれば、こうした動きをうまくつかまえて、提携先を定めるのも面白いのではないか。
■3.バーゼル商工会議所を訪問
昨年も訪問したとのことだったが、当所からの参加者がなかったため、改めて訪問する。会議所としてどのような活動をしているのか、将来的に交流などをする意志と価値があるかを確認するのが主な目的であった。
場所は中心繁華街にあるビルの2フロアで40人ほどのスタッフが働いている。組織としては、会員サービスを行う部門と業界別に調整を行う部門とに大きく分かれている。
個人を含めると2000近くの会員企業のネットワーク作りのため、セミナーやワークショップなどを積極的に行っており、1000人近くの集客能力があるという。但し、主な収益源は輸出物資の証明業務であり、経営指導を積極的に推進するといった団体ではないようだ。
また年次報告書を始めとして配布資料、お知らせなどはドイツ語版のみであり、また外国企業への視察なども行っていないことから見て、活動はバーゼル地域に限定されているようだ。
また、製薬業支援について特別力を入れているという事もないように感じられた。
■4.バーゼルあれこれ
(1)緑のトラムは市民のアシ
バーゼル市内で目に付くのは、緑色の路面電車「トラム」である。(「トラム」は「ポートラム」の「トラム」と同じで路面電車の意味)市街地を10系統が走り、周辺地区のバス路線と合わせると60系統位になる。料金は、短い移動で約200円。一日券が800円である。しかし、バーゼル市内のホテルに泊まると、その期間の無料乗車券が貰える。観光客が電車で移動するとは限らないが、こんな特典があれば、悪い気はせず、また来ようかという気にもなり、この辺り富山市でも考えてみてはいかがだろうか。リピーターを作る宣伝費と割り切れば安いものだと思う。
さてこの電車、富山の市電をもう少し細くしたような古いタイプや、ライトレールそのままの近代的なタイプとさまざまな形が結構な人数を乗せて、朝5時台から夜中過ぎまで、3〜6分間隔で走っている。基本的にワンマンで客は停留所で勝手にボタンを押して乗り降りする。その際に乗車券はチェックされない。では、ただ乗りし放題かと言えばそんなことはなく、係員が見回っていて突然チケットの提示を求められることがある。不正乗車が見付かれば、約8000円という多額の罰金が徴収される。また、自転車や盲導犬以外の犬も乗車可能であり、なんとアコーディオン弾きのおじさんとバイオリンの坊やがタンゴを奏でることもある。ひとしきり演奏した後、坊やがお金を集めに回るシステムらしい。停留所にして3から4くらいの間でひと区切りつけて別の系統に乗るべく降りていった(現地ガイドさんに聞くとこうした芸人さんの行為は、当局黙認という)。ちなみに車中でケータイに見入る人は余り見かけなかった。
(2)歩行者優先の街
トラムの話のついでに、バーゼルの交通事情にふれておこう。富山では、自動車は市電軌道上を横切ることはできても、継続的に走行することは禁じられているが、バーゼルでは、軌道は道路の一部であり、トラムがいなければ、軌道の上を車が走る。というより、道路幅一ぱいに4本の線路が配置してある道もあり、その場合線路上以外に走るところはない。また、線路の設置の仕方にも、富山のように真ん中に両方向の線路がある道もあるが、道路の半分に線路、もう半分が車道と別れているところもあれば、前述のように線路上が同時に車道といったところもあり、様々である。中心部のターミナルには、6系統くらいが乗り入れているが、ホームは2つだけなので、同じ進行方向の線路に、違う系統の電車が並んで入ることが珍しくない。ひっきりなしにあちらから、こちらから電車が入り、人の乗降があり、出ていく、その脇を車が通るという大輻輳状態だが、基本的に歩行者信号はない。いけると思ったら、行くのがバーゼル(かろうじて中心部には、押しボタン式の歩行者信号が見られた)。慣れぬ身では怖くて仕方が無く、加えて車が右側通行なので、カーブでの軌跡の描き方、トラム下車後の道路横断時、どちらから車が来るかなど、日本の感覚では付いていけないことが多い。道路を渡る時は地元の人の影に隠れるよう渡っていたが、バーゼルの人は車が見えていても渡る。車は原則止まる。歩道から車道へ出る素振りだけで止まってくれるので、却って恐縮する。車の数が少ないとも思わないし、道路の両側が基本的に縦列駐車になってはいるが、市街地市内では歩行者優先の考えが浸透しているように思われる。歩行者は、横断歩道だけでなく、軌道だろうがどこだろうがお構い無しに果敢に渡るので、交通マナーは良いとは言えないが、ドライバーに関しては富山より優しいのではないか。
(3)ほっとかれるのが好きな客もいる
同じホテルに6連泊したのだが、ホテルの玄関を入って一度も「いらっしゃいませ」とか「ようこそいらっしゃいました」という意味の言葉を掛けられたことはない。また、廊下などで従業員と出会ってもこちらから何か言わないと、黙って通り過ぎるのが殆どである。ちなみに部屋には、スリッパは無いし、当然浴衣もない、洗面所には、歯ブラシなどもない。日本のいわゆる「おもてなしの心」は少しも感じられない。ただ、慣れてくるとこれはこれで、心地好い。あなたはあなた、偶々今日はお客なだけ、人格的に尊敬してるわけでもなんでもない、といった醒めたスタンスが結構私は好きだ。
(4)外国人だらけ
スイスの人口の22%にあたる160万人が外国人という。そのせいか街を歩いていてもほとんど関心を払われる事はない。アジア系、アフリカ系はあまり見ないが、それでもおまえは○○△人かなどと聞かれることはない。この辺り、英語が話せなくても移民をとりあえずアメリカ人にしてしまうアメリカや、外国人という存在に慣れるのがとても苦手に見える日本などとは違う。外国人を特別な目で見ず、かといってわからないだろうとやたらに親切にするでもない、こんな感じを国際的と言うのではないかと思わされた。
(5)ドイツ語できなくても大丈夫なんて言ったのはドイツだ?
バーゼルは、言語に関してはドイツの一部のようだ。テレビは50程のチャンネルがあるが英語は2つだけ。それもBBCとCNNで、スイスのニュースはない。それならそれで、スポーツを流し放しにしてくれてもいいのだが、たまにサッカーがあるくらい。
日刊のフリーペーパーが何種類もあり、ホテルのロビー、飲食店、街角などにおいてあるが、ドイツ語ばかり。キオスクで探してみたが、かろうじてウオールストリートジャーナルとヘラルドトリビューンがあるだけ。もとよりこの2紙ともバーゼルの今日の降水確率は出ておらず日刊の英字新聞というものはない(HPも同様)。
大体、地名はドイツ語読みだし、看板等はドイツ語ばかり、ドイツ語がわからなければとても暮らせたものではない。
先日、日本のテレビで英語のローカルニュースが放映されないのは世界で日本だけだと、あるインド人が発言していたが、そんなことはない、バーゼルも同じ。とりあえず日本の事が英語で書いてある日刊紙がキオスクで買える分、富山の勝ちではないか。
■5.最後に
我々は2名の通訳さんと、1名のガイドさん(いづれも当地で長年キャリアを積んだ日本人女性)に大変なお世話になり、ジェトロの方々、また薬業連合会の顧問である野川氏とそのご夫人に数々の便宜を受けたことを紙面を借りて感謝したい。
さてその通訳の一人が私たちの日程表を眺めしみじみと「こんなにタイトなスケジュールにはなかなかお目に掛かれない」と同情してくれた。「普通は間に1日や2日、観光が入るものなのに」と。その通りの真面目なミッションでした。