生活習慣病の発症および進展の予防は、基本的に個人に属するものですが、事業所がそれを支援したり、実施したりしやすい環境を整えることも非常に重要となります。また従業員のメンタルヘルスを向上させるには、仕事や人間関係などの職場のストレス要因を減少させることや従業員のストレス耐性が上がるよう支援することが大事です。今回は職場ぐるみの取り組みとして何ができるか、実際にどのような効果があったかなどについて、いくつかご紹介します。
喫煙が、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、胃潰瘍、歯周病、骨粗しょう症など数多くの生活習慣病にとって大きなリスクとなっていることは周知の事実です。
富山市保健所の事業として、数年前から春と秋にそれぞれ5回シリーズで、水曜日の午後7時から禁煙教室を実施してきました。毎回15人ほどの希望者に対し、講義、グループ学習、ニコチンパッチの処方を行っています。昨年の秋のことですが、たまたまある事業所から4人のメンバーが参加してきました。特に申し合わせてきたのでなく、最近職場で2人の同僚が肺がんで亡くなったので、この機会に禁煙に挑戦してみようと銘々が思ったとのことでした。
ほとんどの人が普段の生活ではつらい挑戦を1人で続けていたのに対し、この同じ事業所の4人のメンバーは、会社で顔を合わせるとお互いの状況を確認し、はげまし合い、約2ヵ月後の教室最終日の時点において、ともに完全禁煙を継続しておりました。毎日のはげまし合いが大きな力を持っていることをあらためて教えてくれた例です。
もう一つ、最近はどこの事業所でも喫煙コーナーが設けられ、それ以外の場所では喫煙ができなくなっています。そこをもう一歩進めて、喫煙室をなくし会社内禁煙を実施してはいかがでしょうか。タバコを吸えない環境を作ることで、禁煙したくてもできなかった人がうまく禁煙に成功するのです。
ニコチン依存が強い人は、ニコチンパッチを貼ることで、ニコチン切れの症状を起こすことがずっと少なくなり、禁煙しやすくなります。最近ニコチンパッチは薬局でも購入できるようになりました。禁煙に成功すると、自分に自信がつき、仕事にも人生にもプラスです。
多くの生活習慣病の予防にとって、運動量や身体活動量を増やすことは最重要課題の一つです。その手立てとしては、毎日の身体活動の増加と休日や就業後にスポーツに従事することが挙げられます。毎日の身体活動を増加させる方法としては、通勤手段の変更、昼休みの有効利用、仕事中の歩数の増加などがあります。
公共の交通機関を利用することがなかなか難しい富山県では、ほとんどの従業員が自家用車で通勤していることと思いますが、職場と自宅がそれほど遠くない場合は、自転車の利用や徒歩での通勤などを奨励することが、運動量の増加のみならず、エコ対策にもなると思われます。昼休みが1時間取れない職場もかなりあるようですが、昼休みに会社の周囲を歩く時間を確保することができると、毎日の歩数の増加が実現できます。勤務時間の見直しで昼休みを充分にとることができる工夫をしていただくとよいと思います。
ビルに会社がある場合は階段の利用を奨励していただきたいと思います。私が勤務している協会は3階建てですが、2年前の12月まで1階に事務所がありました。それを3階に移したところエレベーターはありませんので、職員の運動量は以前よりかなり多くなりました。内臓脂肪が多くなるとアディポネクチンという動脈硬化を予防するホルモンの分泌が減少します。当協会で働く40歳以上の男性22名に対して、事務所の変更前の健康診断時と変更1年後の健康診断時でこのアディポネクチンを測定したところ、22人中17人で増加が見られました。すなわち内臓脂肪が減少したと考えられます。特に多く増加した12人について図1で前後の値を示しました。最も増加した人は11・4μg/mlから18・4μg/mlまで増加していました。毎日の運動量の増加の影響がいかに大きいかを物語っていると思います。
本年からメタボリックシンドロームに着目した特定健診・特定保健指導が全国一斉に開始されました。皆さんもいきなり腹囲(おへそ周り)を測られてびっくりされたことと思いますが、この事業が開始される前の平成18年度に全国で3ヵ所、国のモデル事業が実施されました。当協会ではこのモデル事業を富山県のある事業所の協力を得て行ったのですが、保健指導対象者と事業所の協力によって大きな効果が得られました。
図2は対象者37人の腹囲を、保健指導前と3ヵ月後、1年後で比較したものです。指導前の平均が89・0cmだったのに対し、3ヵ月後には87・6cm、1年後には86・6cmに低下していました。対象者には自分が実行可能な運動や食事の目標を最初に決めてもらい、3ヵ月間実践してもらったわけですが、同時に事業所の方では、食堂のメニューのカロリー表示や運動イベントの紹介、メタボに対する啓蒙活動などを行っていただきました。メタボ保健指導は今年度は1年目ということで、模様ながめの健保や事業所が多かったのですが、来年度はぜひこの制度に基づく特定保健指導を実施していただきたいと思っています。
最近、うつ病で心療内科を受診する人が多くなりました。昔に比べて「うつ」と診断されることに抵抗感がなくなっていることや、うつ病に対する認識が高まり、軽度のうちに治療を開始する必要性が理解されてきたこともありますが、実際にストレスをかかえてうつ状態となっている人が増加していることもあると思われます。
「うつ」のようにストレスによる反応として心身に現れる症状を減らすためには、原因となるストレス要因を減らすことと、ストレスを受けている人間の対処能力、いわゆるストレス耐性を増やすことが大事です。
事業所としては、ストレス要因を減らす方策として、時間外労働の減少、責任の分散、上司・部下の関係の改善などが必要になります。ストレス耐性を上げるのは基本的には個人の努力ですが、事業所ぐるみで従業員のストレス耐性を上げる取り組みが可能です。ストレス耐性を上げる3つのポイントは、要求の減少、見通しの増加、支援の増加です。要求の減少には2種類あり、他人から自分への要求を減らすことと、自分から自分への要求を減らすことがあります。できそうにないことには「無理だ」とはっきり伝える、自分の能力を大きく超える仕事は引き受けない、自分を実際以上のものに見せないことなどが必要になります。もし職場の雰囲気が、皆が無理をする状況であると、自分だけがそうありたくないと思ってもなかなかできないものです。そのような場合は、上司が率先して雰囲気を改善していく必要があります。
見通しの増加とは、仕事のスケジュールをしっかり立てて、過重労働とならないように一日一日の仕事量を決めていくこと、優先度の高い仕事にエネルギーを使い、優先度の低いことに時間やパワーを使わないこと、マイナス思考にとらわれず、プラスの見方を取り、活力やアイデアを出していくことなどです。日本人が働きすぎになってしまう一つの理由は、仕事の優先度の決め方が誤っていることにあるとよく言われます。
表1に仕事をその重要度と緊急度で4つに分類したとき、本来の優先度は表に番号で示した順になるはずなのに、日本人はBに該当する重要度が低いにもかかわらず緊急度が高いことに時間や能力を使いすぎなのです。事業所においてはトップをはじめとして、役員、管理職、従業員がそれぞれの立場で、自分や会社にとって優先順位の高いことは「何か」をしっかりと見極めて、優先順位の低いことにふりまわされて疲弊しないように注意することが必要です。
最後に支援の増加ですが、これは上司から部下への支援、同僚同士の支援、あるいは部下から上司への支援など、従業員全体が一つの目標に向かって力を合わせ、助け合って仕事をしていくことです。稲作民族である日本人の特性は「和」であって「闘」ではないのです。事業所内だけでなく、家庭や地域においても「和」の文化を取り戻したいものです。
●筆者紹介
(財)北陸予防医学協会 健康管理センター センター長 山上 孝司 氏
日本医師会認定健康スポーツ医、メンタルヘルスエキスパート産業医
(財)北陸予防医学協会 HP 富山市西二俣277-3
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