富山県鳶土工業協同組合は、県内の中小のとび・土木建設業事業者による組織です。建設業不況と言われる時代の中でも、組合員が共に力を合わせ、未来を切り開こうと取り組んでおられます。
今回は、同組合の特色や独自の活動について、理事長の前馬修氏、理事の黒田将雄氏、そして、同組合・若鳶会会長の利根川慎一氏にお話を伺いました。
鳶土工業協同組合とは
富山県鳶土工業協同組合は、県内のとび・土木建設業事業者により設立され、現在79社が加入しています。とび職の主な仕事としては、建築物の仮設足場の設置や、重量鉄骨の組み立てなどがあります。
また、中小の事業所が多く集まる同組合では、仕事の面で互いに協力し合えるよう様々な取り組みが行われています。資格取得や技能の向上を目指し、講習会などの教育の機会が多く設けられ、若手の人材育成にも力を入れています。
資格としては、実務経験7年以上で受験資格が得られる国家検定「とび技能検定1級」などがあり、建築建設に関する幅広い知識と実技を身につけるための講習会を実施しています。また、高所作業での安全性を高めるための指導・教育も行っています。
組合の主な事業内容
・とび、土工、コンクリート工事に必要な資材の共同購入
・とび、土工、コンクリート工事に必要な重機の設置若しくは斡旋
・組合員の事業に関する土木工事及び附帯工事の受注及び発注
・組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結
・組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上又は組合事業に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供
・組合員の福利厚生、労働保険事務組合としての業務、全国建設工事業国民健康保険組合としての事業 など
鳶土工業協同組合の歴史
富山県鳶土工業協同組合は昭和49年に設立されました。それより以前、富山大空襲で富山市街地のほとんどが焦土と化した後、戦後の復興期以後、とび・土木に従事する業者や職人達は、様々なかたちで、富山市の都市計画事業に大きな役割を果たしていきました。そんな中で、親睦会としての組織がいくつか生まれ、活動していました。
その後、昭和34年に技能検定制度が制定され、これに対応するため、それまでの親睦会から、富山市鳶職組合(組合員数16社)が設立され、昭和45年には組合員の福利厚生事業として、全国建設工事業国民健康保険組合に加盟、富山県支部として発足しました。
さらに昭和46年には高岡市の事業所も加入し、富山県鳶土工業組合(組合員数36社)に改組。労働保険事務組合の認可を受け、組合員の労災、雇用保険の事務代行業務の取り扱いをスタートさせました。
しかし、まだ、組合としての運営は任意団体としての活動であり、公的な法人化を望む声が多くなりました。そこで、各種共同事業の実施を通じて、組合員の経済的、社会的地位向上を図ることを目的とした、中小企業等協同組合法に基づく富山県鳶土工業協同組合が、昭和49年6月20日にスタートしたのです。
とびの心意気
建設現場でまず最初に足場を組むのはとび職の仕事。足場がなければ、どんなビルも建築物も建てることはできません。
「例えば、いま建設中の東京スカイツリーでも、たくさんのとびが関わっています。現場ではまず足場を組んでから仕事が始まり、鉄骨が立ってから、まわりに物を着けていくのです。とびはそれだけ重要な仕事なんですよ」と話す、黒田氏。
また、かつてとび職は、足場設置だけでなく、現場でのあらゆる土木・建設に対応した知識や技能を持っているのがあたりまえで、現場で中心的役割を担っていたものだ、と前馬氏は振り返ります。
「いまは足場や鉄骨立てと分業化されていますが、昔のとびはオールマイティー。器用に何でもできないと、とびではありませんでした。昔は、私達が組んだ足場に、他の業者が最初に登る際には、あいさつに酒を持って来られたほどです」
それだけ現場でのとび職の役割は重要で、現場の仕切り役として一目置かれる存在だったとか。しかし、バブルの時代の建設ラッシュの中で、とびの仕事は足場や鉄骨専門などに、それぞれ専門化・分業化されていきました。そして、バブルがはじけ、現在まで続く不況の中、最近ではふたたび、現場ですべてに対応でき、多能工的に働くことができるとびが生き残っていく時代になるのではないか、と皆さんは感じているそうです。
創意工夫と達成感
どれだけ高いビルを建てても、ビルが完成したころには足場はすべて外されて、とびの仕事は後には残りません。それでも、大きな達成感があるといいます。
「これはあくまで自己満足ですが、あのすごい高さの、あれを自分で取り付けたぞという思いがありますね」と、笑顔で話す利根川氏。
前馬氏も富山市役所の展望台の修繕に携わった際には、70メートル以上の高所での作業に、下にもの一つ落とすわけにもいかず、いかに足場の組みにくいところで、安全な足場を組むかに知恵を絞ったといいます。富山市内にもたくさんのビルがありますが、どの仕事にも必ず、とびや土木工事者、塗装業者、タイル業者が関わり、職人達が知恵を出し合い、技術と誇りを持って、日々仕事にあたっています。
「同じ仕事でもやり方次第で、スピードも仕上がりも変わってきます。とびや土木に関わる人間は、皆が向上心を持って、いかに早く、きれいに仕上げるかを目指しています。それには常日頃の創意工夫が大事なのです」と、黒田氏をはじめ皆さんの言葉からは仕事への情熱と誇りが伝わってきます。
義理と人情とやせがまん
とびの仕事の特徴のすべてを表現している言葉として「義理と人情とやせがまん」があります。
「義理と人情というのは、例えば仕事で忙しいときに、他の会社が互いに応援し合うなどの助け合いの心ですね。これは昔からですが、困っている時こそ、皆が助け合うことを組合でもとても大事にしています。
そして、もうひとつのやせがまんですが、辛いときでも辛抱して仲間を思いやる、とびとしての心得です。高所での作業が多く、高所での恐怖心に耐えられれば大概のことは我慢できるはず、ということですね」
助け合いの心をはじめ、もともと日本人が持っていた精神を大事にしているのだと、皆さんは、とびの心意気を話して下さいました。
また、とびの親方は、町内の世話役として、率先して地域の清掃などをしたり、もめごとの仲裁をしたり、やんちゃな子どもの教育を任せられたりといった役割があったとか。高所で作業する危険な仕事だからこそ、お互いの心と心の結びつきを大事にする気風が、いまも仕事の中に生きているのかもしれません。
伝統の梯子乗りを披露
とびと言えば、歴史の中でよく知られているのが江戸時代の火消です。「め組」などは時代劇などでもおなじみですが、実際に江戸には、いろは組48組があったとか。火事の際は延焼を防ぐために、火元付近の家を壊すことで消火にあたっていたため、とびの職人達が多く集められていたのです。関東の方では、いまも江戸時代からのとびの伝統が深く息づいていて、父から子へそして孫へと、代々受け継がれているそうです。
その火消しの伝統芸である梯子乗(はしごの)りや纏(まとい)、木遣(きや)り歌に、同組合の若手経営者からなる若鳶会が取り組んでいます。毎年、関東では、全国から500人以上が集まる大規模な研修会が開かれており、利根川氏をはじめとしたメンバーが参加し、江戸から続く技を磨くだけでなく、とびの意味合いや日頃の心得を学んでいるそうです。
若鳶会には現在約22名が参加しています。年間を通して梯子乗りや纏、木遣り歌を練習し、これまで、県内外の様々なイベントで披露してきました。
「昨年は高岡の開町400年記念イベントで披露しましたし、今年は富山の山王まつりや、8月の富山まつり、新湊まつりなどにも披露しています。また一昨年に新潟で開かれたG8労働大臣の会合では、中部ブロックとして愛知、石川、福井、新潟のメンバーとともに参加して、各国の大臣の前で披露したこともあります」と利根川氏。
特に高岡開町400年での披露は大きな反響があり、「いいものを見せてもらった」「感動した」という声があった他、普段の練習風景が見たいと問い合わせがあり、その後も付き合いが続いて人もいるほどだそうです。
お年寄りに見てほしい
これまで結婚式でも、とび独特の労働歌・木遣り歌や梯子乗りを披露してきた若鳶会ですが、利根川氏は、今後は各地のイベント参加だけでなく、老人ホーム等の施設で披露する機会を増やしたいと考えています。
「以前も老人ホームで何度か披露した事はありますが、お年寄りは涙を流して喜ばれるんですよ。私達よりも、伝統芸をよく知っている方達ですからね。梯子乗りをお年寄りに見せたいと思われる施設の方は、ほぼボランティアでやっていますので、ぜひ、気軽に声を掛けていただければと思います」
梯子乗りでつなぐ信頼
若鳶会で日頃梯子乗りを練習している仲間とは、知らず知らずのうちに強い絆が生まれていると語る利根川氏。研修会などで、いつもとは違う県外のメンバーが梯子を支えてくれるとなると、怖くてできないものだとか。6・5メートルの高さで命綱なしで技を披露するには、やはり信頼関係が大事なのだといいます。
「下で支えてくれる仲間達との信頼関係がなくては梯子乗りはできません。いつもは仕事を一緒にすることはないのですが、たまたま仕事で一緒になったときは、初めてなのにお互いの呼吸が自然と合い、強い絆が生まれていたのを実感しました。若い世代にも梯子乗りを通して、人との信頼関係や絆の大切さを伝えていきたいですね。
また、普段の仕事では安全第一はもちろんのことですが、いざとなったら、自分の腕一本で自分の体を支える心意気、最終的には自分で自分の身を守らないといけないということを、私達の技を通して、知ってもらえたらと思います」
熟練者不足と高齢化対策
法律により、2メートル以上の高所では、60歳以上の人は作業をすることは禁じられています。そのため、とびの現場でも熟練作業者の雇用が大きな問題となっているそうです。
「この道数十年のベテランが行き場を無くしてしまう状況があり、今後の雇用対策について、親組織である社団法人日本鳶工業連合会でも話し合っています。手作業が多かった昔は下での仕事もいろいろありましたが、いまはほとんど重機を使用するため、現場でベテランの仕事が無くなっているのです」と、何とかしたい思いを語る前馬氏。
一方で、若手従事者も不足し、技術の継承が難しい状況があります。若手の教育に関しても、昔の職人の世界では「見て覚える」があたりまえでしたが、現在では技能講習やマニュアル化など、作業の標準化によって、経験の浅い人でも早く習得できる工夫がされているそうです。今後、熟練の知恵と若い力が結集した、活気ある業界にするための施策が期待されます。
一般の方にアピールを
組合員、ひいては業界全体の技術・技能、認知度・地位を向上させるためには、組合の組織強化が重要になります。
「個人では分からないことや困難なことも、組合に加入することで得られるメリットは様々です。仲間が増えることで更に可能性が広がるので、是非、多くの人に加入を呼びかけていきたいですね」
例えば、建設現場では新技術を積極的に導入し、将来的には組合を通して、一般からの仕事を組合員へ取次ぎできるような仕組みも模索していきたいと話す皆さん。
「組合員にはとびはもちろん、土木・建設業の多彩な人脈と長年のノウハウがあります。それらを活かすことで、安心して直接、仕事を任せていただけることを、今後はもっと、一般の方にも広くアピールしていけたらと思います」
不況が続く建設業界の中でも、創意工夫を重ね、知恵を出し合って次の時代へとつなごうとする取り組みが行われています。とび・土木工事業に携わる皆さんの、熱い思いと心意気、そして確かな技術力と信頼が、新しいカタチで一般の人にも届けられることを願いたいと思います。
富山県鳶土工業協同組合
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