当所は今年度、富山県が実施する「県内企業人材養成モデル推進事業」を受託しています。この事業では、平成22・23年度に同じく富山県が実施した「県内企業人材養成モデル開発事業」の実施成果である「人材養成モデル」を活用促進するための取り組み等を行っています。そこで、この事業を活用して人材養成に取り組んだ企業をシリーズでご紹介していきます。
県内企業人材養成モデル推進事業とは
平成22・23年に実施した「県内企業人材養成モデル開発事業」は、リーマン・ショック等による厳しい経済情勢の中、新規学卒未内定者等の雇用確保を図るとともに、中小企業での効果的な人材養成の手法を開発するもので、概要は次の通りです。
(1)県内企業に委託して、新規学卒未内定者等を1年間雇用し、計画的に実務や訓練等を行うことにより、実践的な人材養成モデルを開発
(2)県内経済団体(富山商工会議所)に委託して、業種・職種により類型化された人材養成モデルを開発
受託企業では、1年間の事業終了までに正社員登用することが条件となっており、新規学卒者を巡る採用状況が厳しい中、この事業によって県内企業44社で計69名が採用され、途中退職者を除く56名が正社員として事業終了後も継続雇用されました。
当所では、2年間の事業成果をもとに、業種・職種により類型化したカリキュラムや人材養成のポイントなどの「人材養成モデル」を開発しました。
この事業の成果を受けて今年度実施しているのが、「県内企業人材養成モデル推進事業」です。引き続き新規学卒未内定者等の雇用確保を図りながら、開発した人材養成モデルの検証・評価、ブラッシュアップと、県内企業での活用促進を行うもので、当所と県内企業22社が受託し、実施しています。
今年度は22社で32名が採用され、人材養成モデルを踏まえた人材養成計画のもと、実務や訓練等が行われています。
これらの取り組みにより、富山県では新規学卒者の雇用を確保するとともに、各企業における人材確保と人材養成力の向上を図り、県内産業の発展につなげていきたいと考えています。
紙のプロを育てる第一歩として
今回、人材養成モデル開発事業を活用した株式会社若林商店は、明治6年(1873)創業。約140年にわたり富山を拠点に紙の卸売業を営む老舗企業です。同社では平成13年以来、中途採用が主で、約10年間新卒者の採用はしていませんでしたが、平成23年4月から、当事業を活用して、新卒者の採用と新たな人材養成モデルの開発に取り組むことになりました。
同社代表取締役社長の若林啓介さんと、取締役総務部長の松岡親生さん、そして、今回の事業を通して新規採用された、営業部販売2課の江尻峻哉さんにお話を伺いました。
『誠心誠意』の社是を守り
若林社長が人材採用と育成にあたって、一番大切にしていることについて、まずお話を伺いました。
「私が常々、社員に言っているのは、だまされても、だますなと言うこと。社是として『誠心誠意』を掲げており、一番大切なのは正直であること、そして、お客さまには誠意を持って対応することだと話しています。人間ですから失敗は多々ありますが、失敗したら素直に謝り、認めて反省する。そして改善するというプロセスが大事なのです」
医薬品パッケージ用板紙の需要増
また、現在の紙の市場の状況や将来性についても伺いました。
「紙の市場は需要が減り、供給過剰の状態にあります。おそらく年率5%ぐらいで減っていくのではないか」と語る若林社長。
紙には大きく分けて、洋紙と板紙があり、一般印刷など情報紙として使われる薄い紙は洋紙で、IT化とともに世界的に需要は減っています。それに対して、板紙は厚い紙で、パッケージなどの包装資材として使われています。
「当社では10数年前からパッケージの分野に注力してきました。いまでは、取り扱い商品としては紙の重量の4分の3が板紙で、4分の1が洋紙という状況です」
パッケージに使われる板紙は、日本全体の紙の需要から見ると7%ぐらいの非常にニッチなマーケット。しかし、医薬品の箱に多く使われており、躍進する製薬メーカーの多い県内ではパッケージ印刷も盛んです。同社の売上も板紙では堅調に推移し、順調に拡大してきていると言います。
「ただし、パッケージは印刷から薬を入れるまでに様々なプロセスがあり加工度が高いため、使用する板紙には、高く安定した品質が求められます。
また、別寸と言われる、パッケージの大きさに合わせてロスの少ないサイズで紙を漉く特注の商品のご注文も数多くいただいています。ですから、製紙会社とも密に情報交換しながら、お客様の高い要求水準をメーカーにフィードバックし、高品質の商品づくりに反映するよう努めているのです」
同社は、紙の卸売業としては珍しく、製紙会社との直接のやりとりが多いそうです。高い品質が求められる医薬品パッケージという特殊な分野で、製紙会社とパッケージ印刷会社との技術的な打ち合わせを仲立ちする、重要な役割を担っているのです。これも売薬をルーツに医薬品やパッケージ印刷が発展してきた富山ならではの特徴なのかもしれません。
充実の養成計画をもとに
若林商店では、今回の人材養成モデル開発事業の実施にあたり、まず人材養成にあたっての目標と1年間の開発計画を作成。計画に基づき、OJT、OFF−JTで江尻さんの研修を実践的に進めていきました。研修後は、月ごとに計画・実績表を作成。個別面談を実施しながらその成果と課題を洗い出し、その都度、内容を改善していきました。
江尻さんは最初の2カ月半は、同社の物流センターで現場研修を受けました。銘柄、厚みなどによって約1万種類にものぼる多種多様な紙商品の基礎知識を学びました。と同時に、トラックでの商品の配送補助やフォークリフトの運転などの経験も積み、商品の取り扱い方法や得意先の場所の把握など、営業マンとしても必須となる基礎知識と経験を身につけていきました。
「紙は比重がほぼ1に近いですから、重いものです。一つの商品の固まりが500キロから600キロにもなり、落ちてくると命にも関わります。私も入社当初は物流センターに行きましたし、営業や事務に携わる社員は、紙の基礎を学ぶために必ず最初に、物流センターで研修するようにしています」と若林社長は語ります。
その後、江尻さんは、総務経理部門で事務手続きの補助業務へ。営業の集金の大切さや業務に対する責任感などを学んでいきました。そして採用から3カ月経った7月からは各営業マンに同行し、OJTで得意先への対応などにあたりました。得意先ごとに大きく異なる対応やお客さまとの会話などが、特に印象深かったと語る江尻さん。社内の全部署を経験し、全ての得意先も回って、とても充実した研修となりました。
社会人の基礎を学ぶOFF−JT
OJTのほか、社外での座学によるOFF−JTも多く実施されました。
同社では元々、入社するとPCのブラインドタッチができるようタッチタイピングの社外研修が行われており、江尻さんはそれに加えてWordやExcelも受講。社会人として必要な挨拶や電話対応などビジネスマナーは「ビジネスパーソン基礎」などの外部機関が開催する講座で学びました。そのほか、ISO内部監査員としての知識も身につけました。
OFF−JTでは、学科と実技を合わせて150時間を超える研修となりました。
今回の養成の反省点とは
現在、江尻さんの営業マンとしての業務が本格的にスタートしています。今、振り返ってみると、物流部門での研修期間はもう少し長い方が良かったと感じているとか。「実際に営業に必要になる商品知識を高めるため、もっと現場で学びたかった」と江尻さんは語ります。
また、マニュアル車対応の運転免許は取得していましたが、学生時代はオートマ車の運転の経験しかなかったため、配送に使うマニュアル車のトラックの運転に苦戦。営業実務をしながらの教育となりました。
「こうしたいと思っても、なかなか絵に書いた餅では実施できないことがあることもよくわかりました」と語るのは、今回の人材養成の責任者で取締役総務部長の松岡さんです。取り扱っている商品について深く学ぶため、外部や取引先の工場見学などを計画していましたが、紙という特殊な業界のため、県内の製紙会社などのメーカーは限られていて見学先を見つけることが難しいことも分かりました。
それでも、製紙会社や抄紙機に必要なキャンバス(メッシュベルト)を作る県内の会社などの工場見学を実施することができました。最後の3月の報告表に松岡部長は次のようにコメントしています。
「工場見学等、外部での活動が少なかったことは、責任者として申し訳ないが、この事業で、会社で一番の資産は、人材ということを強く感じました」
また、江尻さんも、社内の様々な部署での仕事を経験し、OFF−JTで社会人としてのマナーやPCスキルを磨くなかで、自分の役割を認識するようになっていきました。
「自分の持ち場だけでなく、自然にどんな仕事でも手伝うようになっています。これは色々な職場を経験したり、その職場の人とコミュニケーションをとってきたからこそ。最初は弱々しかった挨拶も大きな声でできるようになり、頼もしくなりました」と松岡部長は語ります。
良き人間関係を築くこと
富山の老舗企業の営業マンとして「一番大事なのは、お客さまとの良き人間関係を築くこと。それによって、お客さまに本音でお話しいただくことができる」と話す若林社長。
1年間の研修を通して、各職場でのコミュニケーションの充実を図りながら自分に求められている役割を的確に理解していった江尻さん。お客さまとの対話の難しさを実感しながらも、歴史ある会社の営業マンとしてのあらたな一歩を踏み出しています。
●株式会社若林商店 本社
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