会報「商工とやま」平成25年5月号  【 特 集 】

 3月8日開催の通常議員総会における会頭挨拶より

 今こそ、優秀な人材と技術を育てましょう

 〜会員の皆さまへのメッセージ〜  会頭 犬 島 伸一郎


 日頃、皆さま方には商工会議所活動にご理解とご協力をいただいておりますことに、先ずもって御礼を申し上げます。

 20数年間、日本経済は閉塞感に襲われたままでしたが、昨年末に衆議院議員選挙があり、やっと流れが変わりました。そして、「アベノミクス」というストーリーが加わって円安株高になり、今年は大変良いスタートを切っています。夏に参議院議員選挙を控えていますが、企業家のマインドとして「これで大丈夫だ」という安心感から設備投資へ結びつけるためには、少なくともこれが6カ月間続いて欲しいし、何としてももたせる必要があると思っています。

世界を変えたグローバリズム


 「失われた20数年」と言われるこの状況は、全ては1989年に始まったと思います。日本では平成元年、昭和天皇が亡くなられた年です。6月には中国で天安門事件が起き、11月にはベルリンの壁が崩壊しました。12月には日経平均株価が4万円近くまで上昇するということが起こりました。ここから時代が大きく変化したのです。

 一つは、ベルリンの壁が崩壊し、平和の配当をどうするかといった時に、アメリカがグローバリズムによる施策をとったことがあげられます。資本は国境を越えて自由に移動し、今も日本の株式市場は外国からの投資によって大きな影響を受けています。そして実物経済より金融経済の方が有利になり、個人や国家間の格差が拡大して二極化した結果、アメリカでは中間層が消滅し、日本もそうならんとしています。行き過ぎた金融のグローバリズムはリーマンショックで終息しましたが、それまでは失敗に殆ど気がつきませんでした。その一方で、国境を越えた資本は中国、インド、ブラジルなどへ繁栄をもたらしたとも言えます。


強さを失った日本


 もう一つは、アメリカが目指したグローバリズムの正体はこれなのではないかと思うのですが、ものづくりにおけるコモディティ化です。気付かないうちに中国という巨大人口、巨大マーケットが我々の世界へ入り込んでいました。この存在感に気付くのはずっと後のことで、日本はバブルが崩壊して大変な時に、このような世界戦略の転換が起きていたのです。

 アメリカのグローバリズムにより、日本の強さは殆ど失われてしまいました。円高傾向が続き、中国の参入で安い労働力には太刀打ちできなくなりました。国家統制に近い形で動いている国には勝てないのです。日本の特徴である官と大企業、中小企業の密接な連携体制は崩され、日本の経営哲学であった年功序列や終身雇用は消滅してしまいました。また、当時は姿を見せていなかった福祉の負担、少子高齢化の問題への対処には随分長い年月を要し、やっと昨年末から変わり始めているように感じています。


世界のものづくりとの 価値観の違い


 日本はものづくり国家と言われていますが、実は世界のものづくりと比べるとちょっと違ったところがあるのではないかと思います。日本のものづくりは「良いものを、安く、大量に」という価値観が浸透しています。だから、例えば円高などの要因で中小企業に1割値下げの圧力がかかると、同じ品質を維持しながら真面目に1割下げる努力をします。これが日本のものづくりに染みついた哲学です。では、中国はどうか。品質も1割下げます。アメリカは新しいものを高く売ることを真剣に考えながら行動し、資本の力で独占に近い形をとって儲けようとします。ドイツやスイスは真似のできないものを高く売ろうとします。日本の製品は全部一流ですが、世の中には超一流が存在します。それは5%ほどに過ぎませんが、悲しいかな、日本ではなくドイツやスイスの製品なのです。そのため両国では少量であっても値下げをしないし、空洞化をさせない施策が貫かれているように思います。他方、フランスはブランドという武器でものを高く売る力があって大したものだと思いますが、このような違いを理解しておく必要があります。


雇用を守り続けてきた中小企業


 日本のものづくりは「良いものを、安く、大量に」であるが故に、他の国々に真似られたり、商品がコモディティ化したりすると大変な脅威に晒されます。それが今、現実に起きていることです。

 しかもリーマンショック後、日本の競争相手である韓国とドイツは金融緩和政策や為替介入政策で26〜27%の通貨安になりました。一方の日本は20%近い通貨高ですから、総じて5割ほどの違いです。これだけ違えばどんなに賢い国でも競争力は無くなります。ゴルフのように、いくらシングルプレーヤーでも60もハンディキャップがあると勝つことはできません。

 もちろん、日本はこの円高や閉塞感の中で大変な努力をしてきました。ところが、良いものを作り出したなら高く売ることを考えればいいのに、経営者はコストダウンに懸命になり、雇用は契約社員やパートを大幅に導入して労働分配率が下がり続けました。内部留保を増やし、配当性向を上げることばかりを考え、本来の価値観とは異なる動きが定着してしまいました。

 一方、例えば家電製品はどんどんスペックを向上させた結果、社内評価と消費者ニーズのズレがどんどん広がりました。使いきれないほどのスペックを備えた製品は逆に「安くても基本的な機能だけがあればいい」というところを狙った韓国や台湾の製品に負けてしまったのです。要するに我々は自ら日本刀を美術品にまで高めてしまったのです。

 新たな市場を求める日本の大企業は海外へ進出し、結果として空洞化を招きました。韓国へ出て、次は中国へ出ました。続いてタイ、ベトナム。今はミャンマー詣です。

 そんな中で日本の雇用を守り続けてきたのは誰でしょうか。大企業とは価値観の異なる中小企業こそが日本の雇用を下支えしたと私は確信しています。国内に腰を落ち着けて残って欲しいと思うのですが、政治の無能ぶりが空洞化に拍車をかけてしまいました。


日本の技術は有望ビジネスになる


 では、日本経済に未来はないのでしょうか。今のままでも円高円安の繰り返しで小春日和は迎えるでしょうが、ひと工夫が必要です。将来的に何をどう考えておくべきなのか、私見を申し上げてみます。

 一つは我々の後に続いた国々が随分と力をつけてきており、国民所得が上がっている点です。所得が上がると、「安全、安心、高品質」な日本の商品を買えるようになります。所得が低い時にはお金の対象にはならなかったサービスがお金の対象になってきます。日本の良い商品やサービスを欲するような環境が整いつつあることに目をつけて欲しいと思います。

 二つ目は日本の進んだ環境技術が評価されるという点です。最近PM2・5が話題になっています。中国の河北省では2億トンの鉄が生産されていますが、後進国は追い上げることに必死で必要なところにお金をかけることができず、排煙脱硫装置を設置するなんてとんでもない話でしょう。ところが豊かになって健康に危険が及んでくると、日本の環境技術は当然評価され、有望ビジネスになります。

 三つ目は少子高齢化への対応として、ロボット関連、介護ケアやヘルスケアなどのビジネスがあげられます。

 ほかにも様々な技術が求められています。先ず原子力は欠くべからざるものだと思います。日本が造らなくても中国は年間10基建設すると言っており、汚染対策や環境対策のためには造らざるを得ないでしょう。実際に、デンマークは原発を造らないと言っていながら、国内から肉眼でスウェーデンの原子力発電所が見えるというおかしな例もあり、造らないことにどんな意味があるのかという感じがします。むしろ乗り越えて、安全な技術を確立した方が良いし、当然、処理する技術を確立しなければなりません。

 海洋探査技術も必須で、日本の排他的経済水域が世界で6番目であることを活かさなければなりません。

 山中教授のiPS細胞は劣化した部分の取替えを可能にし、人間はサイボーグ化しそうですが、医療技術は神の領域に近づきそうなところまで進んでいます。


雇用を守り、技術を育てる


 本当のところは、日本はまんざら捨てたものではありません。技術力を持つためには優秀な人材の雇用をしっかりと守ることが大切です。そのような思いで商工会議所活動を行っていきたいと考えています。会員や議員の皆さま方の一層のご理解とご協力をお願い申し上げまして、私の挨拶とさせていただきます。



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