譲吉が望んだこと、譲吉が残したこと。
私たちは、それを今も研究し、
資料を集め、考え、発信している。
多くの方にもっと深く知っていただくために。

高峰譲吉のものがたりは、まだ終わらない。

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エピソード

エピローグ

大正時代(1922)

譲吉67歳

譲吉は、1922年7月22日、ニューヨークで亡くなりました。
67歳でした。

7月25日、ニューヨーク5番街セント・パトリック教会にて譲吉の葬儀が行われました。妻のキャロラインは、600人をこえる会葬者(その半数が米国人)に向かって言いました。
「どうぞみなさま、夫が愛した日本の歌『君が代』の合唱で、彼を天国に送ってください」。

墓碑銘