松楓殿とは

関わった人たち

室内装飾担当
古田土こたと雅堂がどう

(1880年〜1954年)

洋画家。栃木県芳賀郡中川村(現茂木町)に生まれました。本名貞治。1902年、東京美術学校(現東京藝術大学)日本画科卒業。1906年渡米し、シカゴで働きながら美術を学びます。
高峰譲吉の別荘「松楓殿」室内装飾(主にダイニング)に従事します。翌年、ニューヨークで森村ブラザーズ(現ノリタケカンパニーリミテド)に入社し、日本から海外に輸出する陶器の絵付けのデザインを制作します。
ニューヨーク在住時には、高峰譲吉博士より日本からの桜の寄贈式への招待を受けるなど、博士との交流が続いていました。

1924年帰国し、アメリカから組立式住宅を輸入して宇都宮に建設します。(町文化財。現在は「道の駅もてぎ」に移築)。
2021年に茂木町教育委員会は展覧会を開催し、住宅は今も保存、公開されています。